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みなさん、哲学的だなあ。
わたしは単純で、しかもでたらめなまま生きてきた人間なので、二健さんのように深遠なレベルではまったく考えていませんでした。
関係ありませんが、わたしが十代のころ毎晩飲んだくれていたのは、西口の「いかにも斜めな店」ボルガでした。演劇の無名作家(十代でしたが)時代に、とあるご縁でT朋大学の安部公房ゼミについて行ったのがはじまりでした。ここのマスターも俳人でした。二健さんはたぶんご存じでしょう。
今なら、中途半端でいい加減といわれそうですが、すべてが未熟だったプレ70年では、革命も演劇もロックも、詩も、結局、ひとつながりの「なにらかの反圧力」を醸していたとわたしは感じます。安くいうとカウンター・カルチャー、もちろん、そんなものにいまでもくくられたくはありませんけど。
※21歳頃の演劇作品画像です。当時まだ、わたしは刑事被告人裁判の公判を抱えていました。しかも、このあととてつもなく長い時間がつづきます。最初の恋人は去っていき、でもわたしと別れた結果、平穏な生活に入った模様です。本当によかった。
今、当時のぼくらと同じ10代の諸君がこれを見ているとは思わないけど、もし見ていたら、ごめん、としかいえません。こんなダメな日本にしてしまい、日本を支えるバカどもを批判しきれなかったのは、わたしたちの責任でしょう。そこは認めつつ、でも、なんだかなあと思うこの脱力感は、いよいよ私が本当に駄目になったからかも知れません。
※ちなみに、風呂に入っているのが当時のわたしです。意味もなく全裸でした。いちおう、風呂だから…笑。
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